[インタビュー] 『宇宙でいちばんあかるい屋根』藤井道人監督「奇跡みたいなシーンがたくさん撮れました」

インタビュー

作家・野中ともそさんの大人気小説「宇宙でいちばんあかるい屋根」(光文社文庫刊)が、『新聞記者』(19)で第43回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した藤井道人監督により映画化され、9月4日(金)より公開となります。主人公、14歳の少女・大石つばめを演じるのは、若手実力派女優・清原果耶さん。『デイアンドナイト』(19)に続く藤井監督との再タッグというところにも注目が高まります。今回は、自主映画時代からコンスタントに映画を生み出し続けている藤井監督に、本作に込められた想いやこだわりを中心に幅広くお話をお聞きしました。

宇宙でいちばんあかるい屋根』あらすじ
お隣の大学生・亨(伊藤健太郎)に恋する14歳の少女・つばめ(清原果耶)。優しく支えてくれる父(吉岡秀隆)と、明るく包み込んでくれる育ての母(坂井真紀)。もうすぐ二人の間に赤ちゃんが生まれるのだ。幸せそうな両親の姿はつばめの心をチクチクと刺していた。しかも、学校は元カレの笹川(醍醐虎汰朗)との悪い噂でもちきりで、なんだか居心地が悪い。つばめは書道教室の屋上でひとり過ごす時間が好きだった。ところがある夜、唯一の憩いの場に闖入者が――。空を見上げたつばめの目に飛び込んできたのは、星空を舞う老婆の姿!? 派手な装いの老婆・星ばあ(桃井かおり)はキックボードを乗り回しながら、「年くったらなんだってできるようになるんだ――」とはしゃいでいる。最初は自由気ままな星ばあが苦手だったのに、つばめはいつしか悩みを打ち明けるようになっていた。

© 2020『宇宙でいちばんあかるい屋根』製作委員会

––作品、とても素晴らしかったです。今まで作られてきた作品とは少しテイストが異なる作品で、藤井監督の新たな側面を感じました。企画はいつ頃から動き出していたのでしょうか?

藤井道人(以下、藤井) 原作を読ませて頂いたのが2016年で、『青の帰り道』(18)の1回目の撮影と『デイアンドナイト』の脚本を書いていた頃でした。3.11以降に感じていた自分の中にある負の感情が全て出し切ってしまった感じがあり、モラトリアムが完全に終わった瞬間だったんです。次、自分がどういうものを書けるのかなと思っていたときに、「宇宙でいちばんあかるい屋根」の原作を前田(浩子)プロデューサーからいただきました。今まで自分がチャレンジしたことの無いジャンルで難しそうだなと思ったのですが、だからこそやってみようと。

––清原さんと桃井さんという組み合わせも新鮮で、とても魅力的でしたね。

藤井 2019年に撮影することになり、つばめ役は清原さんに決まっていたのですが、星ばあ役が全然イメージできなかったんです。こんなおばあちゃん現存するのか?と考えていたときに前田プロデューサーが、「桃井かおりさんはどうですか?」と提案してくださって。もともと桃井さんのことが大好きだったので、ぜひお願いしますと伝えオファーの連絡をしたところ、桃井さんがちょうど『新聞記者』をご覧くださっていたんです。そして「運命だと思うから出ます」とお返事をいただき、星ばあ役が桃井さんに決まってから、キャスティングも進んでいきました。

––つばめと星ばあの関係がとても丁寧に紡がれていて、病院の外のベンチでつばめと星ばあが話すシーンの包み込むような桃井さんのお芝居はすごくグッときました…。

藤井 桃井さんは本当にアイディアマンで、あのシーンの「まだ繋がってるんだから」と星ばあがつばめに伝えるセリフは、桃井さんのオリジナルなんです。「台本にはこう書いてあるし、原作もそうだと思うんだけど、こうした方が伝わると思うんだよね」とおっしゃっていて、その場でご自身が星ばあとして感じた感覚をすごく大切にしてくれました。

© 2020『宇宙でいちばんあかるい屋根』製作委員会

––つばめの父親役の吉岡秀隆さん、母親役の坂井真紀さんもあたたかく繊細なお芝居で魅了されました。

藤井 この映画は、一つ一つの繋がりや感情をすごく丁寧に映したいと思っていて、その繊細な感情を上手く演じてくれる人をイメージして、無理を承知でキャスティングの希望を伝えていました。前田プロデューサーはその希望をすごく咀嚼して、アタックをしてくれて。宝箱のように、絵本のように、自分だけのものにしておきたいような映画になってくれたらと考えていたので、皆さん脚本を読んでOKしてくださったのがすごく嬉しかったです。

––俳優部の芝居から引き出された、生まれたシーンもあったのでしょうか?

藤井 ありましたね。奇跡みたいなシーンがたくさん撮れました。例えば、吉岡さんと坂井さんのシーンで、脚本のト書きには「泣く」とは書いていないんですけど、お二人がつばめの感情をすごく受け止めてくれて…。つばめが麻子さん(坂井さん)に謝る終盤のシーンでは坂井さんの一瞬の感情が本当に素晴らしくて、モニターの後ろではみんな泣いていました(笑)。

––そんな素晴らしい瞬間を捉えていた、撮影の上野(千蔵)さんは、以前amazarashiの「未来になれなかったあの夜に」のミュージックビデオもでご一緒されていましたよね。今回映画でご一緒されてみていかがでしたか?

藤井 僕がもともと千蔵さんのファンだったこともあり、今回もダメ元でお願いしました。屋上のシーンは全てセットで背景も360度CGだったので、背景の雲や星や月など、全てに意味合いを持たせて細かいこだわりが出来たのは、千蔵さんのCMやミュージックビデオでのたくさんの経験があったからだと思っています。つばめの感情がもやもやしているときは雲の量が多かったり、星ばあの体調にあわせて星の瞬きが減ったり。最初はまだ2人の関係が満ちていないから三日月だけど、病院のシーンを経て満月になるなど、すごくいい画になりました。

© 2020『宇宙でいちばんあかるい屋根』製作委員会

––音楽の大間々昴さんは注目している作曲家さんだったので、今回藤井監督とご一緒されていてすごく楽しみにしていました。特に屋上シーンの音楽が心地よく、印象に残りました。

藤井 いつもと同じように芝居をちゃんと撮りたかったので劇中であまり音楽をいっぱい鳴らすイメージは無かったのですが、夜という表現や、空気感や吸収感を出すような音楽を、大間々さんが楽しそうに作ってくれました。普段の自分のチームや『新聞記者』ともまた違う、新しいチームが見つかったような気持ちになりましたね。

––部谷京子さんの美術も素敵でしたね。

藤井 昔、『埃』という作品で僕を見つけてくれたのが、ダマー映画祭実行委員長の部谷さんだったんです。こう言うと部谷さんは嫌がるんですけど、僕にとっての映画の母なので、いつか部谷さんと一緒に映画の美術をやるというのが夢だったんですけど、最近は定着してきました(笑)。次回作の『ヤクザと家族 The Family』(21)も、次に撮るドラマも部谷さんですし、とても素晴らしい美術監督です。

––役の人柄が見えてくるような、書道教室やバンジョーなども作品内で丁寧に描かれていて、設定へのこだわりを感じました。

藤井 昔やっていたことと今やっていることが関係ないと思っていたら意外と繋がっていることがあるように、書道教室はつばめの生きていく道に影響していくものが結構あると思ったんです。あと、2回目観たときに、つばめというキャラクターに更に深みが出るというような意味としても、書道教室はすごく必要な要素でした。

バンジョーに関しては、音楽のことはあまり詳しく無いので、原作を読んだときはよくわからなったんですけど、実際に調べて聴いてみたらすごく牧歌的で。この音色が隣のお兄さんの家から流れてきたら素敵だなというのが、映像にパッと浮かんだので、バンジョーは原作通りに生かしました。

––そんなバンジョーを演奏している伊藤健太郎さんの佇まいも素敵でした。ご一緒されていかがでしたか?

藤井 今回はじめてご一緒したのですが、ふわふわっとした感じの性格がすごく亨くんにマッチしていて、とても柔軟な俳優だなと思いました。自分の役の距離感をわかっていて、主演の清原さんに寄り添うお芝居をしていて、すごく魅力を感じる方でしたね。

© 2020『宇宙でいちばんあかるい屋根』製作委員会

–中学生と老婆の交流を描く作品は、近年の日本映画ではあまり見ない設定でしたが、今の時代にこの二人の関係を描くというところで意識したところはありましたか?

藤井 原作のストーリーラインには相反する二人(つばめと星ばあ)が共鳴し合うところが描かれていて、僕はその部分がすごく好きだったので、大事にしたいと思いました。分かり合えない世代間の違いはあるけれど、深い“家族”というところでちゃんと繋がれる。その部分はあんまり奇をてらわずに、愚直に描きました。それが逆に新しいと感じたし、自分だけの言葉に戻せる映画になってくれたらいいなと思っていたので。

––星ばあとの出会いから、変化していくつばめの姿がとても瑞々しかったです。

藤井 僕は14歳の女性を生きた経験はないので、笹川誠役の醍醐(虎汰朗)くんの目線から、つばめを撮っていました。あの時期ちょっと片思いしていたあの女の子はどんな人だったんだろう?もしかしたらつばめみたいな人だったのかな?とかを考えながら、清原さんが演じたつばめの感情や感じたものを純粋に撮らせてもらいました。

© 2020『宇宙でいちばんあかるい屋根』製作委員会

––誠役の醍醐さんも素晴らしかったですね。照れて素直になれない感じとかがストレートに出ていて、終盤のファミレスでのシーンも含め、とても愛おしくなる役でした。

藤井 醍醐くんはオーディションだったのですが、本当にいい役者でした。最後は彼がこの作品を救ってくれていると思っています。ファミレスのシーンは、「目の前で中学2年生のときに女の子泣きだしたらどうする?」というような感じで伝えて、二人の芝居を固めないようにしました。セリフも書いていなかったので、二人が反応しあって、あのような芝居が生まれました。僕もすごく大好きなシーンです。

––重要なことを伝えるシーンだけれど、わりと引きのショットで撮っていたのは意図があったのでしょうか?

藤井 寄りでドラマティックに、エンターテイメントにとか、選択肢としてはいくつかありました。でも、僕はもうこの作品はエンターテイメントになっている自負があったので、しっかり彼女と彼を切り取ってあげられるフレーミングで届けたかったんです。その次もすごく大事なシーンが続いていたので、劇的でないことがスクリーンを通したときに劇的に感じたり、翌日に残ったりすると思っていました。

––劇的ではないといえば、つばめの変化や家族との関係も、時間の経過と共に長軸でじっくり描いていたように感じました。家族の関係を描くにあたり、どのようなところを意識していましたか?

藤井 冒頭では、ただ単に明るい家族というより、3人とも今の関係が壊れるの怖かったので、自分たちの幸せを守るための明るさだったんです。でも、つばめのことを見る眼差しとか、つばめのことを受け止める気持ちとか、お父さんとお母さんは何も変わってはいなくて。ずっと必死に守っていた子供への愛情が、最後の坂井さんの表情に出ればいいなと思って、自分の中で長い一本の道筋として描いていました。

© 2020『宇宙でいちばんあかるい屋根』製作委員会

––本作をつくるタイミングで、藤井監督の中でも何か変化が生まれましたか?

藤井 今回の『宇宙でいちばんあかるい屋根』、そして来年公開する『ヤクザと家族 The Family』と、家族にフォーカスする映画が続いているんですよね。『青の帰り道』は“僕らの時代”というものにフォーカスしていて、『デイアンドナイト』はもう少し広い“街”という視点で描いた作品だったんですけど、自分が年を重ねて、家族のことを書きたいタイミングだったのかもしれません。

今までは暗い所から光を目指す作品が多かったのですが、明るいところから光を当てて、もっと認め合って、「これでいいんだよ、こうやって生きていていいんだよ」ってことを肯定しあえる映画になっていると思います。

––ありがとう御座いました。老若男女たくさんの方に観ていただきたい作品でした。

© 2020『宇宙でいちばんあかるい屋根』製作委員会

〇プロフィール
藤井道人(ふじい・みちひと)
1986年8月14日生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。 大学卒業後、10 年に映像集団「BABEL LABEL」を設立。伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』(14)でデビュー。 以降『青の帰り道』(18)、『デイアンドナイト』(19)など精力的に作品を発表。19 年に公開された『新聞記者』は日本アカデミー賞で最優秀賞 3部門含む、6部門受賞をはじめ、映画賞を多数受賞。 21年には『ヤクザと家族 The Family』の公開が控える。

映画『宇宙でいちばんあかるい屋根
9月4日(金)全国公開

清原果耶 桃井かおり 伊藤健太郎 水野美紀 山中 崇 醍醐虎汰朗 坂井真紀 吉岡秀隆

主題歌:清原果耶「今とあの頃の僕ら」(カラフルレコーズ/ビクター)
作詞・作曲・プロデュース:Cocco
原作:野中ともそ 『宇宙でいちばんあかるい屋根』(光文社文庫刊)
脚本・監督:藤井道人
企画・プロデュース:前田浩子 プロデューサー:金井隆治 共同プロデューサー: 高口聖世巨 飯田雅裕 アソシエイトプロデューサー:筒井史子 ラインプロデューサー:森 太郎
音楽:大間々 昂 撮影:上野千蔵 照明:西田まさちお 録音:岡本立洋 美術:部谷京子 装飾:田中 宏
編集:古川達馬 VFXスーパーバイザー:大澤宏二郎 スーパーヴァイジングサウンドエディター:勝俣まさとし
スタイリスト:SAKAI ヘアメイク:福島久美子 助監督:逢坂 元 制作担当:栗林直人
製作:「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
配給:KADOKAWA  制作プロダクション:アルケミー・プロダクションズ
©2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
(interview&text:矢部紗耶香)