こちらの短期連載では、映画『街の上で』『春原さんのうた』『ほとぼりメルトサウンズ』などのプロデューサー髭野純さんを軸に、同世代の若手映画プロデューサーに「これからの映画作り」や「映画を取り巻く環境」などについてお話を聞いていきます。第3回目は、新作『女子高生に殺されたい』の公開を4月1日控えていて、『水曜日が消えた』『私をくいとめて』『総理の夫』『ずっと独身でいるつもり?』のなどを企画プロデュースしている日活株式会社の谷戸豊さんとの対談インタビューです。
――まずはお2人の接点から教えてください。
谷戸豊(以下、谷戸) 結構前にどこかで会っていたんだと思います(笑)。
髭野純(以下、髭野) そうですね、どこかで。自分もまだ映画を始めたばかりの頃だったような気がします。お互いいろいろ経験を重ねて環境も変わっているでしょうし、今回は改めましてという感じで。
――谷戸さんは新卒で日活に入社されたんですよね。映画はもともとお好きだったんですか?
谷戸 内定をいただくまでは、実は映画館には数回しか行ったことがなくて。でもエンタメは好きでテレビはよく観ていました。好きなことを仕事にするよりも、自分が知らないエンタメに挑戦したいと思い映画会社を受けたんです。
――入社してからはどんな動きがありました?
谷戸 研修期間が1年間あって、2年目から今の部署に配属になり、はじめは製作委員会の雑務やプロデューサーに付いて手伝いをしていました。その後、『全員死刑』の時に引き上げてもらい、そこからプロデューサーとして動いていくようになりました。映画プロデューサーは2~3年先のタスクを背負っており、『全員死刑』のあとに『おいしい家族』『水曜日が消えた』と作品が繋がっていったので、今もずっと同じ部署に居ます。
髭野 企画の提出はどういう流れで行っているんですか?
谷戸 変更はありますけど、定期的に企画会議を行っています。最初の頃は、週1の部会で毎回10~20本くらいの企画を考えて、企画書を皆さんのデスクの上に置いて周っていました。それを何年か続けて、『水曜日が消えた』あたりからはもう少し企画を絞り、精度を上げて企画と向き合っていくようになりました。
――映画会社の新卒採用ってなかなか狭き門だと思うのですが、これまであまり映画を観てこなかった谷戸さんがなぜ採用されたのと思いましたか?
谷戸 映画のことを、投資とリターンの究極の商売としてビジネス視点で見ていたからかもしれません。完成形もわからないのに、脚本だけで億単位のお金が動くって異常なビジネスじゃないですか。恐らくその頃、映画会社も新しいビジネススキームを考えていて、そこに自分が上手くハマったのではないかと思います。会社が目指しているその時の方針や人事の考えとのマッチングではないかと。
髭野 若手の作り手に関しても、1本だけではなく複数の企画を手がけることで、スケールメリットを見出すこともあるのでしょうか。そのような形で作り手を育てるのは、体力のある会社じゃないとできないことなのかなと思います。
――企画を考えたり新たな才能を探したりするために心掛けていることを教えてください。
谷戸 入社してからはたくさん映画を観ていますが、入社するまでの20年間は周りの人たちに負けているので…。旧作も観ますけど、最新の作品を追い掛けないと自分のアイデンティティは作れないと思って、そこに対するアンテナは負けられないという気持ちでいろいろな作品を観ています。
髭野 映画以外でも良いのですが、ここ1年くらいでビビっときたエンタメはありますか?
谷戸 最近は素人のPodcastを聴くことにハマっています。「ゆとたわ」という女性2人がパーソナリティをしている番組がすごく好きで。今の若い人たちのリアルな喋り方とか、アンテナの貼り方とかに注目しています。今はサブスクの配信サービスで簡単に映画を観られるので、エンタメの話も結構するんです。
――これまでの作品を観ると、谷戸さんの企画はキャッチーさが魅力の1つだと感じているのですが、どういうところから企画を思い付くのでしょう?
谷戸 僕の企画の作り方は、自分が知っている人に対してターゲティングしているんです。「この作品はこの子に見せたい」という感じですね。だからPodcastは面白いし、仕事のヒントにもなるんです。
――なるほど。では、企画を成立させていくために心掛けていることは?
谷戸 ヒットさせることが前提でありつつも、その作品を作った先に何があるかというところを考えることですね。例えば、1人のクリエイターとこの時期に一緒に作ったことに意義があるとか、この作品を成立させたことでどんな波及効果があるのかとかですね。あとはAmazonやNetflixと一緒に組んで、配信開始時期をものすごく早めるなど、いろいろと考えています。
――ビジネス的に見てもいろいろな視点や形があるんですね。
谷戸 『水曜日が消えた』では新人の吉野耕平監督と中村倫也さん、『私をくいとめて』では大九明子監督とのんさん、『総理の夫』では東映さんとテレビ朝日さんとタッグを組んで。昨年公開の『ずっと独身でいるつもり?』は、配信開始を劇場公開の1ヵ月後くらいにして、ビジネススキームをがらりと変えたんです。しかも『ずっと独身でいるつもり?』は、『おいしい家族』でご一緒したふくだももこ監督ともう一度一緒に作るというストーリーもありましたし。映画はある種博打みたいなところがあるので、作品を作る上でのストーリーはすごく意識するようになりました。
――近年、個人がどんどん面白い作品やコンテンツを発表して注目されることも増えています。そんな中で大きなお金をかけて、多くの人に向けたエンタメを作るのって難しくなってきてはいませんか?
髭野 大手の映画会社はビッグバジェットで作って大きく回収を狙うという志向かと思うので、そうとは言えないかなと。最終的に回収を目指せれば良いという意味では、映画ビジネスが必ずしも映画館ありきではなく配信展開も重要視される状況になっているので、それぞれの映画会社がどのように行動されていくのか気になります。
ーーなるほど。
髭野 濱口竜介監督の作品が世界的に評価を受けて、ビッグバジェットではない良質な映画をこれから大手も企画するようになっていくのではないかと感じる方もいるのではないかと思うのですが、そんな簡単な話ではないように思います。『偶然と想像』や『ドライブ・マイ・カー』へ至る評価は、濱口監督がこれまでずっとこだわって丁寧に作り続けてきたからなんですよね。そして、濱口監督の作り方を大事にしてきたプロデューサーや支えてきたスタッフの方々がいて、10年以上積み重ねてきたからこそ出来ているのかなと。
谷戸 『ドライブ・マイ・カー』の話で言うと、逆の方向に走ってしまったらコワいなと思っています。あまりにも夢があると思われすぎると、今の若い人や才能のあるこれからの監督たちが、「あ、いけるんだ」と思ってしまう。そうなると逆に難しいことがたくさん出てきてしまうんです。『ドライブ・マイ・カー』を業界全体でどう見て、どう盛り上げていくのかは、結構難しい問題だなと思っています。やっぱり圧倒的な濱口監督の力量と、ずっとやり続けてきたというのがあるからこそなので。
――製作の段階から海外を目指すと決めている作品と、まずは国内でと考えている作品とでは映画の作り方は異なりますか?
髭野 難しいところです。カンヌ国際映画祭を目指すのであれば、フランス側の出資がないとほぼほぼ難しいと聞きます。
谷戸 一時期そういう企画の考え方をしていたときがありました。でも、いくら海外の映画祭に行っても、そのなかでトップをとっていないと、影響が無かったとドライな判断のされ方をされてしまうこともあり…。
――その年に作られた作品や、社会的な流れもありそうですね。
髭野 あとは、セレクトをする方にもよると思います。昨年『春原さんのうた』を選んでくれたマルセイユ国際映画祭のディレクターのジャン=ピエール・レムさんは今期で退任されるとお聞きしました。自分は『春原さんのうた』の海外展開に直接関わっているわけではないのですが、作品と人との出会いも大きい要素だと思います。
谷戸 最初から賞を狙いにいくために海外セールスと一緒に、公開日も映画祭に併せて設定し、賞を宣伝に活かすという作り方をしている作品もあります。会社としても、年間のラインナップが出そろったときに賞レースに出る作品は欲しいと思うんです。僕らがプロデューサーとして出資営業するときも、出資してもらう側に対して1つの切り札になりますし。
――4月1日(金)より公開となる谷戸さんの新作、『女子高生に殺されたい』はどういう経緯で企画されたんですか?
谷戸 僕の企画はタイトル力と3行プロットとキャスティングの妙を大事にしているのですが、『女子高生に殺されたい』はタイトルとプロットの最強の2つを持っているんです。ずっと気になっていた原作でしたが、読んだ時にこのままでは無理だと感じて、自分の中で何か発明しなければと思っていたんです。いろいろ考えた結果、女子高生の人数を増やすことを考え、誰に殺されるかというサスペンスと、判明してからの計画性サスペンスの二段階サスペンスにしたら勝機があるなと。それが思いついてから企画を進めていきました。
――そこから城定(秀夫)監督へのお声掛けを?
谷戸 城定監督にこの作品をぜひ撮ってもらいたいとお話をしました。これまでたくさんの映画を撮られてきた方ですが、まだ商業作品を撮っていなかったので、ここである程度大きな制作費をかけて作ったものを見てみたいと思ったんです。
――スタッフィングはどんな視点で進めたのでしょうか?
谷戸 スタッフィングも今回はがらりと変えて、城定監督に対していろいろな才能を掛け算しながら作っていきました。これまでエンタメ作品を作ってきた方々にお願いし、これまでの城定監督の作品とは少し違う座組で勝負しようと。エキストラの動かし方や見せ方は、城定監督と違う目線を持っている人にお願いしたいと思っていたので、カメラマンは相馬大輔さんという蜷川実花監督や堤幸彦監督の作品を撮られてきている方にお願いしました。音楽も世武(裕子)さんにお願いし、監督と一緒に作るというよりは、まずは世武さんが自分の中で設計図を組み立てていくという形で作っていただきました。
髭野 キャスティングは、まず田中圭さんにお願いするところから始まったんですか?
谷戸 そうです。田中さんは『総理の夫』でご一緒したのですが、その時期田中さんは良い人の役が続いていたので、僕の中で少し消化不良なところがあって。これまで脇役で少しサイコパス系というか、ヒールな役をたくさん演じられてきた方なので、今回は一度ひっくり返したいなと。
――作品のターゲットはやはり女子高生ですか?
谷戸 そうですね。チャレンジ層ではありますが、(ターゲットの年齢を)下に落としたいとは考えています。普通に見せるとサスペンス好きの20代~30代の男性が多くなるんですけど、『女子高生に殺されたい』というタイトルの作品を女子高生がたくさん観に来たら面白いなと。
――谷戸さんが一緒に作品を作りたいと思う監督のポイントを教えてください。
谷戸 まず純粋に、僕が作品を面白いと思うかどうかですね。あとは熱量があって、すごく「撮ろうとしている」と感じる監督は好きです。じっくり悩むことももちろん大事なんですけど、まずはやってみるというか。だから今後、ご一緒した監督たちがどんどんビッグバジェットで撮れるようになり、多くの館数で公開されるようになるとすごく嬉しいですね。『水曜日が消えた』の吉野監督は、次回作『ハケンアニメ!』が300館クラスで上映しますし、大九監督も『ウエディング・ハイ』が300館で上映するので。
――現状、お2人が映画業界や映画製作の環境で課題に思っているところはありますか?
谷戸 開発費をもっと上げないといけないと思っています。ビジネスで見ると、どうしてもキャスティング主導や企画主導になってしまっているので。脚本に対するコミットをもっと上げていきたいです。ハリウッドや韓国との違いはそこかもしれないと思っています。自分も含め、開発費について考えていかないといけないとは思いますね。めちゃくちゃ面白い漫画に出会うたびに、日本で才能がある方は漫画を描くんだなと思います(笑)。ストーリーテラーの才能はそっちに流れるか、と。
――開発費を増やすにはどうしたら良いのでしょう?
谷戸 最終的な制作費から見ると開発費はすごく小さな金額なので、極論ですが、映画会社のプロデューサー1人ずつに1000万円使えるようにして、その代わりに人事的な評価は厳しくする、みたいな感じですかね。それは会社員プロデューサーだからこそできる、業界を盛り上げていく術になるのではと思うのですが。
――髭野さんはどうですか?
髭野 全体でというよりは、個々でやれることをやっていくしかないと思っています。ひとつひとつの選択を大切に、考えながら行動していくという感じです。この世の中だからこそ、何を発信していくことが大切なのか映画を通して考えています。
――では最後に、お2人が今後やっていきたいことや挑戦したいことを教えてください。
谷戸 1つは、僕が面白いと思ったクリエイターをどんどん上げていきたいです。そしてもう1つは、もしかしたら今後映画ではないフィールドで勝負することになるかもしれませんが、映画やドラマやカルチャーのプライオリティをあげたいです。そのためにも、開発費をかけてプロットや脚本を書くことが大事なのかなと思っています。開発する力さえ備わってくれば、才能が集まってくる可能性も高まりますし。
――髭野さんはいかがですか?
髭野 自分はインディペンデントの立場なのでハイペースに作品を手がけられませんが、現在準備しているのは繊細なテーマを扱った作品なので丁寧に企画を進めていきたいと思っています。心も含めて健康とのバランスを保ちながら、作り手にも社会にも寄り添う作品づくりに努めていきたいです。