第13回田辺・弁慶映画祭にてTBSラジオ賞を受賞した、藤原季節と長尾卓磨W主演の映画『中村屋酒店の兄弟』が、テアトル新宿にて11月21日~24日にレイトショー上映される。本作は、俳優としても活動している白磯大知監督が、役者業の傍ら独学で脚本を書き始めて初監督した作品で、少しづつ数を減らす現代の町の酒屋にスポットを当て、兄弟を通じ家族の距離を描いたヒューマンドラマだ。
『中村屋酒店の兄弟』あらすじ
数年前家を出て一人東京で暮らす和馬(藤原季節)は、親が経営していた酒屋を継いだ兄、弘文(長尾卓磨)の元へ帰ってくる。年齢を重ね、変わってしまった母の姿に戸惑いながらも、その時を受け入れ過ごしていく和馬。相手を思うほど、和馬、弘文は少しづつズレていったお互いの距離を感じていた。和馬の抱える秘密を知る弘文、それを知る和馬。お互いが前に進むためとった選択には、純粋に相手を思う辛さと難しさがあった。そして、2人は朝を迎える。
11月21日(土)~11月24日(火)のテアトル新宿での上映は、「TBSラジオ賞受賞記念作品・中村屋酒店の兄弟オリジナルスピンオフドラマ」のラジオドラマからはじまり、本編上映後には白磯監督が自ら撮影・編集を行ったドキュメンタリー作品『中村屋酒店』(5分程度)も併映。また、上映後のトークでは白磯監督と縁のある若葉竜也さん、村上虹郎さん、磯村勇斗さん、三島有紀子監督らがゲストとして登壇予定で、チケットは現在発売中。
詳細は劇場ホームページをチェック。
藤原季節 × 長尾卓磨 × 白磯大知監督 鼎談インタビュー
──白磯大知監督が初監督、脚本を手がけた本作ですが、着想のきっかけは何だったのでしょうか?
白磯大知監督(以下、白磯) 昔よく親父と缶ビールを買いに行っていた近所の酒屋さんが、少し前に潰れてしまったんです。そのとき、街の酒屋さんが減っていることに対する寂しさを身近に感じて、酒屋さんを題材にした脚本を書こうと思いつきました。これまで僕は役者をやりながら、好きで脚本を書いていたのですが、『中村屋酒店の兄弟』の脚本が完成したとき、「これは映像化しないと」という使命感に駆られて。知り合いのCMディレクターに脚本を読んでもらって、スタッフを紹介してもらって……と、あっという間でした。脚本の完成から映画の完成まで4カ月くらいでしたね。
──藤原さん、長尾さんは脚本を読んだとき、どのような印象を持ちましたか?
白磯 実は季節くんには一度、断られているんです。「ちょっと俺にはこの台本の良さがわからないから」と。
藤原季節(以下、藤原) 初監督作で、この年齢で、この脚本を書いてくるということに対して、妙な違和感があったんです。だから話を聞いてみたいと思ったのですが、大知くんはあまり人とコミュニケーションをとろうとしない、ずっと下を向いている人というイメージだったので(笑)。誰かがいたらしゃべらないかもと思い、断りの連絡を入れたあとに「監督と二人きりで会ってみたい」と連絡しました。
白磯 二人で会ったときに、この映画では人間の距離感、兄弟の距離感を描きたいんだということを説明させていただいて。そしたら季節くんが「それを踏まえた上でもう一回読ませてほしい」と、目の前で台本を読み始めたんです。そして読み終わったあと、パッと脚本を閉じて「やらせてほしい」と。
藤原 二人きりで会ってみたら、人となりがすごく素敵だったんです。さらに「兄弟の距離感を描きたい」という一言にグッときて。改めて、兄弟の距離感というものを念頭に置いて脚本を真剣に読み返したら、最初に読んだときには気付けなかった良さが隠れていたんです。「これはやるべきだな」と思いました。
長尾卓磨(以下、長尾) 今の話を聞くと、僕は最初から人となりを感じられる会い方をしていたなと思います。大知くんが僕が出演している舞台を観に来てくれて、そのあと打ち上げ会場で話をしたんです。写真を見て「いい」と思ってくれて、舞台を観てさらに「いい」と思ってくれているならもう、「ありがとうございます、やります」って感じじゃないですか(笑)。だけど大知くんが「いやいや、本読んでからお答えいただいてけっこうです、今すぐ決めなくても」って言うから、そりゃそうだなと思って(笑)。今思うと、たぶんその季節くんのときの反省があったんじゃないかな。そのときは、「こういうものを撮りたいです」とすごくしゃべってくれました(笑)。なんなら台本開いて「ここの意味はこんな感じです」とまで。
白磯 言わないと伝わらない、と学んだので(笑)。
長尾 脚本を読んだ印象は……「渋い」という感じでした(笑)。あとは、役者をやられている方なだけあって、役者に委ねる部分の大きい余白を感じる本で、やりがいがあるなと思いましたね。
──劇中では、 “近くて遠い”兄弟の距離感が描かれています。皆さんは、藤原さん演じる弟・和馬と、長尾さん演じる兄・弘文をどのような人物だと捉えていますか?
白磯 僕の中では、和馬と弘文はそれぞれ違う正義感を持っているのですが、二人とも“人を想う”という点が共通しているんです。伝えたいことや伝わってほしいことってなかなか伝えられなくて、逆に、伝えたくないことや知られたくないことはあっけなくバレる。でもそれは、お互いを想っているからなんですよね。それが明確に見えるのが兄弟なのではないかなと僕は思っていて。もちろんいろんな兄弟の形があると思いますが、わかりやすいように削ぎ落としていった結果、包容力のある兄・弘文と、自由な弟・和馬という二人になりました。
藤原 和馬はどのような人か捉えるのが難しくて…。ラストの、お兄ちゃんに名前を呼ばれてパッと振り返るシーンで一瞬捉えられそうだなと思ったのですが……うーん……それくらい難しい人物でしたね。ただ、ずっと自分が安心できる場所、帰る場所を探し続けている人なのだろうなとは思っていて。そこは僕と似ています。僕もたまに山手線に一周乗って「どこにも行き場所がないな」と思うこともあるので(笑)。だから役作りは自分に少し味付けをしただけというか。あと、実は自分の妹のことをちょっと参考にしているんです。以前実家に帰省したとき、母親が肉じゃがを作ってくれていたのですが、その肉じゃがの中にじゃがいもしか入ってなかったんですよ。それで妹に「じゃがいもしか入ってない」と言ったら、「じゃがいも以外全部食べた」って言うんです(笑)。じゃがいもが好きじゃないからって。その図々しさが、和馬にも当てはまるのではないかなと思って、食卓のシーンでは自分が食べたいものを引き寄せて、それだけを食べていました。
──長尾さんは弘文をどのような人物だと捉えていますか?
長尾 どういう人物なんでしょう。僕もわからないんですけど、僕はもともと次男というものに対して羨望がありまして。季節くんの妹さんの話じゃないですけど、「なんて自由に生きているんだろう」と。季節くんも自然とそういう演技をしてくれたので、自分の次男に対する憧れや嫉妬のような気持ちが、弘文の和馬に対する気持ちと重なっていった気がしますね。撮影をしながらどんどん季節くんがかわいく見えてきて(笑)。季節くんの横顔をじーっと見ていたんです。たぶん弘文もそうやって、人の横顔や背中を見ながら、自分ではなく人を基準に物事を考えている人なのではないかと。
白磯 お二人の話を聞いていて、僕が描きたかった弘文像と和馬像が、長尾さん、季節くんとすごく一致しているなと思いました。寄っていったのか、もともと持っていたのかはわからないですけど。お二人ともめちゃめちゃ変わっている人なんですよ(笑)。一言で「こういう人」とは説明できないというか…。長尾さんで言えば、のほほんとして見えますが、その一方でめちゃくちゃ怖い一面も持っていて。あのすごく優しそうなお兄ちゃんが、一瞬狂気に走りそうになったり、走ったように見えたりしたのは、長尾さんのその人柄のおかげだと思います。もちろん長尾さんが、いつか狂気に走るということではなくて(笑) 。
長尾 よかった(笑)。
白磯 季節くんも、周りから見たら熱くて自信がある人に見えると思うんですけど、当の本人はそんなに温度があると自覚していない。というか、温度を出そうとしていないのに、出ちゃっているという感じだなと。それが和馬の“考えるよりまずは行動”みたいな性格とリンクして。季節くんにしても長尾さんにしても、キャスティングの段階ではここまで人柄を見抜けていなかったのですが、改めてこのお二人でよかったなと思いました。
藤原 「東京学生映画祭」で長編グランプリを頂いたときも、三島有紀子監督から「キャスティングも含めての受賞です。それも才能の一つです」と言われたんです。それはすごくうれしかったですね。
──劇場では『中村屋酒店の兄弟』本編とあわせて、前日譚のラジオドラマ、そして白磯監督が実際の中村屋酒店を追ったドキュメンタリーも一緒に公開されます。
白磯 初めはドキュメンタリーを撮る予定はありませんでした。そもそもロケ地として使わせてもらった中村屋酒店が閉店してしまうということもまったく知らなかったんです。季節くんが撮影中に、お店の方とお話しているところから知って…。
藤原 酒屋のご主人とおばあちゃんと話していたときに「店を畳もうと思っていて。だから少しでもお店が残るようにこの映画の話を引き受けたの」と聞いて。先ほど大知くんが「脚本ができてから映画の完成まで4カ月」と言っていましたけど、本当の意味での『中村屋酒店の兄弟』の制作期間は約2年なんですよ。ラジオドラマとドキュメンタリーも含めて、すごくいいものができたと思っています。悲しみや切なさ、寂しさもあるけど、深い喜びもあって。人生の豊かさみたいなものが詰まっている1時間だと思います。すごく自信のある作品です。僕も北海道から家族を呼びたいくらい。
長尾 瀬々敬久監督から「俳優や作り手の信頼が匂い立っていて清々しい」というコメントをもらったんです。本当にその通りで。初監督を務め上げた大知くん、大知くんに集ったスタッフ・キャスト、ロケにご協力いただいたご家族……みんなの想いが凝縮された映画になったのではないかと思います。本編、ラジオドラマ、ドキュメンタリーと、それぞれの違いや共通点も楽しみながら見てもらえたらと思います。自信を持って「観てください」と言える作品です。
白磯 ただのエンタテインメントで終われない作品になっちゃった……“なっちゃった”と思っています。僕もこんなことになるなんて思わなかったので。でも映画もラジオドラマもドキュメンタリーも、切り取られているのはすごくありふれている日常なので、観た人の日常に染み込んでいくような作品になったのではないかと思います。映画館でこの映画を観て、「人生って豊かなのかもな」って、少しそんなことが頭に浮かんだらいいなと。人は絶対に一人じゃないんですよ。だって自分がここに存在しているのは、産んでくれた母親や、家族、友人がいたからですよね。それがどんな境遇であろうとも。映画を観ながら、そんな人との繋がりを思い出して、あったかい気持ちになってもらえたらうれしいです。
長尾 今の話を聞いていて思い出したのですが、この映画は兄弟の話ですけど、全編通して“母親の元に”という兄弟の気持ちがベースにあって、母性も感じられる作品です。だから男兄弟の男臭い映画だと思っている人がいたら、そんなことないので、ぜひたくさんの方に観ていただきたいですね。
●プロフィール
藤原季節
1993年1月18日生まれ。北海道出身。2014年、映画『人狼ゲーム ビーストサイド』(熊坂出監督)で本格的に俳優デビュー。主な映画出演作に、『ライチ☆光クラブ』(’16/内藤瑛亮監督)、『ケンとカズ』(’16/小路紘史監督)、『全員死刑』(’17/小林勇貴監督)、『止められるか、俺たちを』(’18/白石和彌監督)、『his』(’20/今泉力哉監督)、『佐々木、イン、マイマイン』(’20/内山拓也監督)など。19年、U-NEXTオリジナル配信ドラマ『すじぼり』で連続ドラマ初主演を務めた。2021年、主演映画『のさりの島』(山本起也監督)が公開待機中。
長尾卓磨
神奈川県出身。『海街diary』(是枝裕和監督)、『ソローキンの見た桜』(井上雅貴監督)、『しば田とながお』(ヤン・イクチュン監督)等に出演。最新出演作に『罪の声』(土井裕泰監督/公開中)、『ミセス・ノイズィ』(天野千尋監督/12月4日公開)他。
白磯大知
1996年生まれ。東京都出身。17 歳から俳優活動を開始。役者業の一方独学で脚本を書き始める。『中村屋酒店の兄弟』が初監督作品で、数々の賞を受賞。「第 30 回 東京学生映画祭」グランプリ、「第 2 回 門真国際映画祭」作品賞・最優秀J:COM 賞、「第 11 回 下北沢映画祭」観客賞。
映画『中村屋酒店の兄弟』
11月21日(土)~11月24日(火)レイトショー上映
12月24(木)シネ・リーブル梅田にて上映
映画『中村屋酒店の兄弟』公式サイト
https://nakamurayasaketennokyoudai.com/