5月26日にBlu-ray & DVDが発売された映画『泣く子はいねぇが』。Blu-ray(特装限定版)の特典ディスクには、佐藤快磨監督の初期作品『ガンバレとかうるせぇ』(14)、『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』(16)が収録されています。今回は本作を監督した佐藤快磨さんに、映画公開後の反響や気付き、映画作りに対する気持ちの変化などについてお聞きしました。
『泣く子はいねぇが』あらすじ
たすく(仲野太賀)は、娘が生まれ喜びの中にいた。一方、妻・ことね(吉岡里帆)は、子供じみて、父になる覚悟が見えないたすくに苛立っていた。大晦日の夜、たすくはことねに「酒を飲まずに早く帰る」と約束を交わし、地元の伝統行事「ナマハゲ」に例年通り参加する。しかし結果、酒を断ることができずに泥酔したたすくは、溜め込んだ鬱憤を晴らすように「ナマハゲ」の面をつけたまま全裸で男鹿の街へ走り出す。そしてその姿をテレビで全国放送されてしまうのだった――。
それから2年の月日が流れ、たすくは東京にいた。ことねには愛想をつかされ、地元にも到底いられず、逃げるように上京したもののそこにも居場所は見つからず、くすぶった生活を送っていた。そんな矢先親友の志波からことねの近況を聞く。ことねと娘への強い想いを再認識したたすくは、ようやく自らの愚行と向き合い、地元に戻る決意をする。だが、現実はそう容易いものではなかった…。
──映画の公開後さまざまな反響があったかと思いますが、特に印象的な反応や反響はありましたか?
佐藤快磨(以下、佐藤) 主人公・たすくの幼稚性に対する反応が大きかったのは意外でした。正直、脚本を書いたり撮影をしたりしている時点ではそこまで幼なさを意識していなかったのですが、彼のまっすぐな行動に対して「わかる」とか「男ってバカだよね」という意見もあれば、全く共感できなかったという意見もあって。 人間関係に対して臆病な主人公の存在が、ここまでの広さを持って伝わるものなのかと驚きつつもうれしかったですね。
──おっしゃる通り、たすくの幼さはこの映画の肝だと感じました。脚本を書いている時点ではそこまで幼さを意識していなかったとのことですが、佐藤監督はたすくをどんな人物だと思って作っていったのでしょうか?
佐藤 「どうやったら父親になれるのか」という迷いを持っている人だと思います。父親になろうと行動して、もがいて、しがみついて……。もしかしたら自覚的じゃないかもしれないけど、父親になりたかった人。でも彼は幼い頃に父親を亡くしていて、父親の記憶がないから自分の中に父親像を持てていない。だからこそ、自分の描く父親像と実際の自分の距離を感じて、もがいているんです。
──父親になるだけでも難しいのに、そのうえ、人間関係に対して臆病で、父親という存在を知らない。たすくをそこまで厳しい人物設定にしたのはどうしてですか?
佐藤 僕がこれまでに撮ってきたどの映画も、主人公はみんな迷いを持っていたり、答えを求めていたりする人なんですよ。彼らが抱えている問いや求めている答えというのは、僕自身が持っている問いでもあって。僕にとって映画を作るということは、自分の中にある問いを主人公に背負ってもらって、映画を作りながら主人公と一緒に答えを探していく感覚なんです。
その答えは映画の中にあるとか、「この答えがこの映画です」ということではないのですが、探す過程が映画というか。『泣く子はいねぇが』で言うと、そんなたすくと一緒に答えを探したかったんです。父親になるということ、父親になれないということ、情けなさ、後悔、娘に会えた喜び……そういうさまざまな感情が同居するあのラストシーンに彼がたどり着けたということが、この映画で出せた一つの答えなのかなと思います。
──映画で答えまで出すという考え方もあると思うのですが、佐藤監督があえて明確な答えを出さない映画を作るのはなぜなのでしょうか?
佐藤 「顔を見たい」という気持ちが強いからだと思います。
──「顔を見たい」とは?
佐藤 例えば自分の中に明確な答えを持っていたら、役者さんに対して「こういう顔をしてください」と言えたり、ト書きに書けたりすると思うんです。でも僕はト書きに書けないところを見たいんですよね。言語化できない感情だったり、矛盾した感情だったり、迷いだったり。そういう“顔”に出会えたときに初めて、その人の心の内側に触れることができた気がする。僕は自分の映画でそういう顔を見たいし、映したいと思っています。もちろん問いのまま終わるのは違うと思うのですが、答えを探していく中で、登場人物が最初とは違う顔になっていく。その顔が成長とは限らないけれど、前進ではあると思うし、一つの答えなんじゃないかなと思います。
──『泣く子はいねぇが』にも印象的な“顔”はいくつも出てきますが、特にラストシーン直前のたすくとことねが対峙する場面のお二人の表情は強烈ですよね。
佐藤 そうですね。太賀くんのお面の向こう側の顔とか、吉岡さんの感情の揺れ動きとか、あの表情はト書きを超えて二人が表現してくれたものですし、やっぱりあの顔はト書きには書けないです。
──あのシーンはどうやって演出をされたのでしょうか?
佐藤 太賀くんには「家の中に入っていってください」、吉岡さんには「家の中に入れないでください」と言いました。ストーリー上「家の中に入れる」という都合はありますが、その都合を優先していたらああいう表情は出ないと思うんですよね。ラストシーンを一発撮りにしたり、あのシーンまで太賀くんと凪役の子を会わせなかったりして、緊張感も保つようにしていました。役者さんがいいお芝居を出しやすい環境や状況、モチベーションをどう保つかみたいなことは常に考えていたいなと思っています。それは自主映画のときからずっと変わらないところですね。
──今作は佐藤監督にとって初の商業映画でしたが、自主映画と商業映画で作り方を変えたところはありますか?
佐藤 全部違うのですが、感覚的にはあまり変わっていないです。役者さんの一番いい芝居を、スタッフさんたちと一緒に撮っていくというところは変わらないですね。
──そこは佐藤監督が映画作りで大切にしている部分なのかもしれませんね。
佐藤 そうですね。結局そこに一番興味があるんです。そこを崩してしまうと、何もできなくなってしまうような気がします。
──では、映画を作るときの気持ちや作る内容に変化はありますか?
佐藤 そこも変わらないですね。想像力を働かせてくれるような、思考を促すような映画を作りたいと思っていて。「サンダンス映画祭」でジュラ・ガズダグさんという脚本家の方が、映画館に入って、映画が始まる前の真っ暗な空間の中で、人の頭は一番ワクワクして、想像するために整った脳みそになっていくとお話されていたんです。映画は、その期待値をどれだけ上げられるかだと。
それを聞いて、本当にそうだなと思って。とはいえ説明が全くなくて想像させるだけがいいのかと言うとそうではないし、説明が多すぎると思考が停止してしまう。そのバランスに気を付けて映画を作っていきたいなと思っています。結局は好みだと思うのですが、自分が自信を持って「この映画が好きです」と言えるバランスのものを作るしかないと思っています。
──『泣く子はいねぇが』で言えば、最後に数年後のたすくと凪ちゃんを描くというやり方もあったと思うんです。でもそうではなくて。たすくがこの先どうなるかは、観た人が想像するような作りになっていますよね。
佐藤 もしかしたら自分が父親になったら続きが書けるのかもしれないのですが、正直自分でもあのあとたすくがどうなるか、想像がついていないんです。そういう意味で、この映画の問いである「どうやったら父親になれるのか」「人はいつ父親になれるのか」に対する明確な答えは、映画を作った自分の中にもまだ持てていないんでしょうね。これからもずっと考え続けていくんだろうなと思います。
──5月26日に『泣く子はいねぇが』Blu-ray & DVDが発売されました。Blu-ray(特装限定版)の特典ディスクには、佐藤監督の初期作品『ガンバレとかうるせぇ』、『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』が収録された豪華な仕様になっています。今回この2作を一緒にパッケージしたのはどういった理由からですか?
佐藤 『ガンバレとかうるせぇ』と『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』は劇場公開をしているんですけど、もっと多くの方に届いて欲しいという想いがあったのでこの機会にパッケージにしました。あと、この2作品は自分にとってすごく大きなターニングポイントになったので、『泣く子はいねぇが』にも何かしらこの2作品の要素が入っていると思うんです。この2作品を観ていただいたら『泣く子はいねぇが』の見方ももしかしたら変わるかもしれないですし、変わっているところや逆に変わってないところが見つかるかもしれない。比較しながら観てもらえたら面白いのではないかなと思って一緒に入れました。
──ご自身では初期の2作品からどんなところが変わったと思いますか?
佐藤 「リアリティ」という言葉におびえなくなりましたね。『ガンバレとかうるせぇ』を作っているときは、自分たちが生きている現実世界のように見えるのがいい映画だと思っていたし、リアルなお芝居だと思っていました。でも映画って脚本がある時点で嘘なんですよね。虚構の世界を立ち上げているので。じゃあリアルな世界に近付けることが大切なのかといったらそうではない。例えば、監視カメラの映像はリアルですけど、それを見て感動するかと言ったらそうではないじゃないですか。つまり「リアルに見えないからNG」という判断は、映画作りから一番遠いことだと気付いて。役者さんには“その世界の中でちゃんと生きている人“を演じてもらうということが大切だという意識に変わりました。
──その意識の変化は、作品作りでどのように影響していますか?
佐藤 比べるとあまり変わってないかもしれないですが、ユーモアというか、ちょっと変なシチュエーションや切実がゆえに滑稽な状況みたいなものは、増えていっているかもしれません。それは、お客さんを笑わせるためのユーモアではないですけどね。というか、もし笑わせるというお芝居だとしても、それは目の前の人物を笑わせようとするものであって、カメラの向こう側の人を意識した途端に笑えなくなるなとは思っています。それがお芝居、世界観を作るということなのかなと。
──それが佐藤監督にとっての“リアルな映画”なんでしょうね。
佐藤 そうだと思います。
──Blu-ray & DVDの発売に先行して、各配信サービスなどでの『泣く子はいねぇが』のレンタル配信もスタートしました。商業映画ということもあって、これまでの作品と比べて確実に多くの人が観ていると思いますが、反応や反響は今後の作品作りに影響を与えそうですか?
佐藤 今までの自分の作品を観てくれた人たちを裏切りたくないという気持ちが、より強くなっている気がしますね。反省点もあるし、「もっとこうできたんじゃないか」と思うところもあるので、自分が作りたいものは貫きつつ、変化していかないといけないなと思いました。
でも『泣く子はいねぇが』を撮り終えて、これからも映画を撮り続けたいなとは改めて思いましたね。役者さんとお芝居を作っていくことが好きだし、現場でしか感じられない濃い空気や熱量にこれからもずっと触れていたいです。
映画『泣く子はいねぇが』
監督・脚本・編集:佐藤快磨
出演:仲野太賀 吉岡里帆 寛 一 郎 山中 崇 / 余 貴美子 柳葉敏郎
主題歌:折坂悠太「春」(Less+ Project.)
企画:是枝裕和/分福
©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
【Blu-ray&DVD情報】
『泣く子はいねぇが』
Blu-ray(特装限定版) & DVD 好評発売中
発売・販売元:バンダイナムコアーツ
Blu-ray¥6,000(税抜)、DVD¥4,000(税抜)
https://v-storage.bnarts.jp/bv_news/159118/
※特装限定版は予告なく生産を終了する場合がございます。