[インタビュー]『Love Will Tear Us Apart』宇賀那健一監督

インタビュー

立て続けに新作が公開される宇賀那健一監督。監督作品の魅力について3作品を通し、3回に分けてお届けします。第1回目は、8/19より絶賛公開中のロマンス×サスペンス×スラッシャー×コメディ映画『Love Will Tear Us Apart』の魅力をお聞きました。

『Love Will Tear Us Apart』あらすじ
日本の田舎に暮らす普通の小学生、真下わかば。彼女はある日、虐められていたクラスメイトの小林幸喜を助ける。それ以降、わかばと関わっていく人が次々と殺されていく。犯人は誰なのか。目的は何なのか…。犯人がわかった時、わかばは本当の愛を知ることとなる。

──『Love Will Tear Us Apart』(2023)は、「貧困」というキーワードが印象的に感じました。社会的な繋がりも少なく、自分の能力値、お金もない人物たちに焦点が当てられていて。『魔法少年☆ワイルドバージン』(2019)では、主人公が少年の時に愛情深い母が亡くなり、主人公が大人になり始まる物語でしたが、今作は生きている毒親という対立項でした。2019年の作品から2023年公開の本作になるにつれて、愛情空間を含めた社会全体がより無関心で守ってくれないという描写について意図があったのでしょうか。また、今作の撮影はいつ頃行われたのでしょうか。

宇賀那健一監督(以下、宇賀那) 今作の撮影は、2021年に行いました。世間でメインストリームになれない人たちにカメラを向けるというのは、僕の中でずっとテーマでして。『黒い暴動』(2016)ではガングロギャル、『サラバ静寂』(2018)では禁止されたものに手を染めてしまう人たち、『魔法少年☆ワイルドバージン』ですとお母さんの死というのもそうですし、童貞に焦点を当てました。そういった一つの形として、今作の2人を描いたということと、『異物 完全版』(2021)辺りから最近の僕のテーマである「不条理」。映画に関してもそうなのですが、伏線はそんなに簡単に回収されないし、悪いことをした人に罰が当たっているわけではないと思っていて、その中をどう生きるかという問題意識の中で今作の表現に仕方になったと思います。

──『魔法少年☆ワイルドバージン』のときは、ヒーローとして結果的に社会が受け入れてくれるというのがあり、その中で「血反吐吐くまで頑張れば掴めるんだ」という台詞が印象的でした。今作では、社会は受け入れてくれない状況の中でも、そこは一貫しているような気がします。ただ、受け入れられないという風に変えたというところは「不条理」というテーマが監督の中で大きくなったということなのでしょうか。

宇賀那 コロナやウクライナ紛争など社会全体の事柄を通して、どんどんと浮き彫りになってきていること。そういったことが僕の中での「不条理」というテーマをより大きくさせている感じがあります。

──愛とヒーローというキーワードに関しては『魔法少年☆ワイルドバージン』と今作は二作品とも共通しています。しかし、そのキーワードが社会や個人との関わりとして距離感がより狭くなっているように感じました。

宇賀那 そうですね。今作は超セカイ系と言える作品です。セカイ系があった後で、もっとそれを突き抜けた作品を撮りたいという思いが自分の中でずっとあって。そういう意味で、『天気の子』(2019)に一つやられたなと思っています。

──『魔法少年☆ワイルドバージン』では子どもや家族というところに帰結して、セカイ系に踏み込みかけているという印象でしたが、今作は2人だけの世界という形で帰結しています。親の部分に関して過去作品から考えると、『黒い暴動』では家庭の温かさなど間接的な愛、『魔法少年☆ワイルドバージン』では直接的な親との約束がスタートになっていて、本作に関しては親の一方的な愛もしくは愛情の欠落という変化があったように思えます。

宇賀那 そういった意味では、注いでいる愛の形が必ずしも誰かを幸せにするものだと思えなくなってきたという変化があります。

──親と社会が「不条理」になってきているというのは『異物 完全版』以降より鮮明に描かれていると思います。これまでは親や友人、社会のいずれかの愛情が影響する作品が多く感じていたのですが、今作はそうではないことを面白く思いました。

今作は、真下わかばの視点で描かれていますが、彼女は好きなものを奪われ続けています。物語が進むにつれて、わかばの物語を見ているようでそうでない感覚がありました。わかばの視点でありながら、そういった構造にされた意図はあったのでしょうか。

宇賀那 僕は、基本的に女性を主人公にするんですよ。それはなぜかというと、僕から遠いところの人が主人公のほうが良いと思っているからです。そうしないと、ある種、自分よがりになってしまうというか、自分のやりたいことがこうです、を押し付けた作品になってしまうので。遠いところに視点を置くというのは、僕の中の手法としてあります。だから、今作でもしかしたら僕が一番感情移入しているのは小林幸喜かもしれないと思っているんです。

──観終わった後に、わかばの視点で描かれているけども幸喜の物語だと感じました。『魔法少年☆ワイルドバージン』でも今作でも男性が救われるという点で共通していると感じましたが、今作で示したかったことはなんだったのでしょうか。

宇賀那 今作は、幸せを自分で選択・決断して獲得する物語でもありますし、それを2人とも最終的には台詞で言っている。同時に、幸せの形はいろいろあるなとも思っていて。そこを示したいなとすごく思って描きました。

──撮影場所として、キャンプや川のシーンなど自然の豊かさが観て取れるシーンが多く感じました。街中だけでなく、そういった自然豊かな場所、ロケーションとして奄美大島での撮影などを選ばれた理由はなんだったのでしょうか。

宇賀那 企画の段階から、殺人鬼に追い回されるロードムービーにしたいなと思っていまして。海外での撮影も検討したのですが、情勢的に難しいタイミングでしたので、国内で遠く自然豊かでロケーションも風変わりに見せられる魅力的な場所として奄美大島を選びました。

──自然の中での撮影で苦労されたことやシーンはありましたか。

宇賀那 マングローブでの追いかけっこのシーンでは、水位の満ち引きはありますし、足も取らわれるし、台本に書いたはいいけど撮影となると大変でした(笑)。

──配役について、前田敦子さんが主人公の小学校時代の先生・安川かおり役で出演されていましたが、教師として生徒や起きる事柄に関して無関心さというか、何とも言えない宙ぶらりんさが印象的でした。

宇賀那 前田さんはそういった役のイメージがないなとまず思ったんです。だからこそ、逆に無関心な先生の役を演じてもらえたらいい芝居をしてくださるんじゃないかなと。お子さまもいらっしゃるので、教師役として適任だと思いオファーさせていただきました。

──わかば役として久保田紗友さん、幸喜役として青木柚さんをキャスティングされた理由を教えてください。

宇賀那 オーディションで選ばせていただいたんですが、その際に読んでいただいたシーンが二つありまして。一つがすごくシリアスなシーン、もう一つがコメディのシーンだったんです。切り分けがすごく大変な二つなんですが、久保田さんは2つ目の芝居に移行する時に自分の中で処理する時間を持って挑んでくれて。その誠実さと実際に切り替わる感じが面白く、丁寧に演じてくれる部分とちゃんと止める勇気がある部分に惹かれて選ばせていただきました。青木さんに関しては、幸喜は彼しかいないというくらい圧倒的な力強さというものを秘めていてオファーさせていただきました。

──タイトルは洋楽の曲から?

宇賀那 僕も洋楽が好きなので、何のタイミングでかわかんないんですけど、これがふさわしいかなと思って聞きだしたらもう、そのタイトルしか結びつかなくなってきまして(笑)。

──今作を観られる方にメッセージをお願いします。

宇賀那 今作は、僕なりの究極の愛を描きました。いろんな人が、多様性多様性と言っている中、それがなんかみんなに気を使った多様性な気がしていて。そんな中、自分の単純な気持ちのために突っ走るような圧倒的な個の感情を描きたいなとずっと思っていました。今作は、自分なりの形でそれは描けたかなと思っています。だから、理解できるかどうかわからないですけど、そういった感情を感じに映画館に来てもらえたら嬉しいなあと思っております。よろしくお願いします。

──次に『愚鈍の微笑み』についてお聞きしたいんですが、勝手に監督の女性青春3人3部作の最終章という感じがしました。

宇賀那 なるほど、なるほど。そう言われてみればそうですね。

──『黒い暴動』が2016年公開で、高校生からアラサー。『転がるビー玉』が2020年公開で20代を描いていて。2023年に今作が……

宇賀那健一監督インタビュー2/3『愚鈍の微笑み』編 近日アップ予定

(聞き手・文:シネモーション編集部 T.M.)
◯Profile

監督・脚本 : 宇賀那健一
1984年4月20日、東京都出身。青山学院経営学部経営学科卒業。ブレス・チャベス所属の映画監督。
近年ではガングロギャルムービー『黒い暴動♡』が2016年に、音楽が禁止された世界を描いた『サラバ静寂』が2018年、30歳を超えた童貞が魔法使いになるラブコメファンタジー『魔法少年☆ワイルドバージン』が2019年、NYLON JAPAN15周年記念映画『転がるビー玉』が 2020年に劇場公開。現在、トリノ映画祭、モントリオール・ヌーヴォー・シネマ映画祭、エトランジェ映画祭など20ヶ国80以上の海外映画祭に入選、12のグランプリを獲得した『異物-完全版-』、『渇いた鉢』が2022年に劇場公開。

『Love Will Tear Us Apart』

2023 年 8 月 19 日(土)よりユーロスペースほか、全国順次公開中

■CAST
久保田紗友/青木柚/莉子/ゆうたろう/前田敦子(特別出演)/高橋ひとみ/田中俊介/麿赤兒/吹越満
■STAFF
監督:宇賀那健一 プロデューサー:當間咲耶香 宇賀那健一 共同プロデューサー/編集:小美野昌史 脚本:宇賀那健一 渡辺紘文 音楽:小野川浩幸 服部正嗣 撮影:岩倉具輝 照明:加藤大輝 録音:Keefar 美術:横張聡 助監督:平波亘 制作担当:宮司侑佑 スタイリスト:小笠原吉恵 ヘアメイク:くつみ綾音 スチール:柴崎まどか 特殊メイク/特殊造形:千葉美生 遠藤斗貴彦 VFX:若松みゆき 制作プロダクション:VANDALISM 配給:VANDALISM 製作:『Love Will Tear Us Apart』製作委員会
2023 年/87 分/シネスコ/5.1 サラウンド/DCP/カラー/R15+
©︎『Love Will Tear Us Apart』製作委員会