[インタビュー]『異物-完全版-』宇賀那健一監督×小出薫

インタビュー

  エロティック不条理コメディからはじまる4つの短編をまとめた『異物-完全版-』。本作は、世界20ヶ国70以上の映画祭に入選し、11のグランプリに輝いている。モンスターである異物を媒介にして現代社会の個人や社会の抱える問題や思いを映し出した今作の魅力を宇賀那健一監督と主演の小出薫さんにお聞きしました。

『異物-完全版-』あらすじ
何かが噛み合わないカップル、カオル(小出薫)とシュンスケ(田中俊介)。
そんな日々に不満を抱えているカオルのもとへ突然“異物”がやってくる。
そして最終的には二人のもとへ…。
その頃、トモミ(石田桃香)の働くカフェには、元恋人同士のコウダイ(吉村界人)とミナ(田中真琴)がやってくる。
煙草をくゆらせながら神妙な面持ちで話をしはじめる二人…。
それから数カ月後、工場で働くリュウ(宮崎秋人)はとあるものを見つけ、事務員であるミサト(高梨瑞樹)と共に工場長のタケシ(ダンカン)にとあるお願いをしに向かうのだった。
そうして気が付けば、カオルのもとに“異物”が現れてから一年が経過していた。
一年前とうって変わって何かが吹っ切れた様子でとあるバーへ出かけたカオルは、謎の女(田辺桃子)と会うこととなる…

僕自身が「異物」と同じ役割を担っているのかもしれません(宇賀那)

──セリフを語らないシーンや特撮の部分など特徴的な作品でしたが、小出さんがホンを読まれて感じたことと実際に撮影し、映像になった際に違いを感じられた部分はありましたか。

小出薫(以下、小出) すごくシンプルで、それでいて詩みたいな脚本だなという印象でした。だからこそ、文字で表せられない部分の表現がほんとに難しいなと。実際出来上がった作品を観たときは、お芝居の間とか視線、それぞれの人に漂うオーラみたいなものと、さらに異物の発する音や音楽の仕掛けの効果もあいまって、あの脚本以上のもが出来上がったと鳥肌がたちました。まるであの映画自体が生き物のように感じました。

──田中俊介さんと共演されてどうでしたか。

小出 共演の挨拶をする時には、すごくニコニコされていて気さくで親しみやすい方だなという印象でした。ただ、スイッチが入ると倦怠期のカップルという役柄そのもので待機中も役に入りこまれていて。役を纏うという集中力が物凄かったです。私自身、とても触発された部分がありました。

──役柄的に出会い系のサクラのような仕事をされている部分に対して、違和感を感じながら過ごしている人物でしたが、どのような心情で演じられていましたか。

小出 カオルの周りにいる女の子たちは、お金を巻き上げることに対して抵抗がなく「殺しちゃった、イェーイ」みたいな感覚で。架空ではあるのですが、私個人の心情としてイラッとする部分はありました。カオルもそれを感じつつ、自分で選んで仕事をしている人物なので黙々とお金のためにひたすらやっているという感覚で演じました。自動機械的な感じで感情をほぼ殺してやっているのだろうなと。

──監督に伺いたいのですが、「不条理コメディ」と記載されていて。「不条理」ということは二項対立で「条理」があると思うのですが監督にとってそれはどのようなものですか。

宇賀那健一(以下、宇賀那) 表現として正しいか不明確な部分はありますが、私にとっての条理は「週刊少年ジャンプ」的な「友情・努力・勝利」という考え方といいますか。私自身、ジャンプが大好きなのですが、漫画と違って現実世界は頑張れば、修行すれば報われるといったことが常に起こる世の中ではない部分があると思うのです。何も悪いことをしていない人に悪いことが降りかかる。それは実際に防ぎようのない出来事で、じゃあそれをどうプラスに転じさせることができるかが人生の重要な要素だと思うのです。そして、そういった不条理な出来事が降りかかって苦悩する登場人物に対して、監督としての優しい目線を向けたいなと思っています。これは『転がるビー玉』(2020)でも重複する部分でもあります。登場人物たちがその不条理な物事の中で翻弄され、苦悩しながらも成長し、その中で幸せを見つける姿を滑稽だなと笑い飛ばしながら、それでもこいつら愛しいなと思えたらそれって最高だし最強だと思うんです。そういう意味ではこの映画でいうと、僕自身が「異物」と同じ役割を担っているのかもしれません。

感覚なども匂い立たせられると信じて表現しました(小出)

──シーンの背景でテレビが流れているシーンが何度かあったのですが、 一回目が政治献金の問題で、二回目がゲス不倫の話で。物語の背景で社会が動いていることを表現されていたと思うのですが、どのような意図があったのでしょうか。

宇賀那 カオルは自分の部屋で完結している子です。自分はここから出られないという閉塞感を持ちながら家の中で一人テレビを見ているけれど、社会で起こっていることもくだらない。けれども、彼女自身が異物と出会ったことによって前に進んで外に出るという、そのコントラストを表現したいというのはありました。

──そういった背景での出来事というと野球の放送が流れているなど平坦な日常。もしくは登場人物はネガティブだけど社会はポジティブという対比の表現として使われることが多いと思うのですが、本作は登場人物の状況も社会もネガティブというところが面白いと感じました。ある意味、救いがないようにみえる。そのようにされた理由はなんだったのでしょうか。

宇賀那 最終的に「消滅」で登場人物側がポジティブになって、社会のネガティブさとの対比が生まれるようにしたかったんです。加えて、ミクロとマクロが同時に起こることに僕は面白味を感じるんです。『魔法少年☆ワイルドバージン』(2019)でいうと給湯室でああだこうだやっている二人が、地球を救うという。個々の小さいことと社会の壮大なことは同時に起こっていて必ず繋がっているのです。

──モノクロに関して、『ウルトラQ』が思い出されました。加えて、モノクロでコーヒーを淹れているシーンでは『コーヒー&シガレッツ』(2003)。意識された部分はありましたか。

宇賀那 『ウルトラQ』にはすごく影響を受けています。そこに出てくる怪獣は基本悪くないじゃないですか。何もしないというか。「異物」で出てくるモンスターもそういった部分がすごく大きい。コーヒーの部分では「コーヒー&シガレッツ&異物」と言っていましたね(笑)。

小出 「コーヒー&シガレッツ&異物」ですか(笑)。

──「異物」では、コーヒーのシーンが何度かあり、カオルが淹れてから飲むところまでを描写されていましたが、沸騰し過ぎているなど彼女の心情の変化に合わせて考えられているように感じました。

宇賀那 沸騰し過ぎているシーンに関しては、理由が二つありまして、一つはシンプルにカオルがモンスター(異物)のことを考えていて、沸騰に気づいていないっていう役としての描写。もう一つは、映像描写として彼女の感情が沸き立つ直前だっていうことを表現しました。「異物」では日常の反復をワンシチュエーションで撮っているので、そこにささやかな変化をつけて伝えるということはすごく考えましたね。

──心情の移り変わりの部分で工夫されたところはありましたか。

小出 日常の反復の中でカオルの些細な感情の変化を表現するのは難しかったです。「異物」に関しては、その日常のシーンではセリフもなかったですから。パンを噛む感じの強さやタバコを吸うときの感覚なども匂い立たせられると信じて表現しました。

宇賀那 「異物」から「消滅」までで丸一年経っていて。小出さん自身もその過程で変化があったでしょうし。映像としては、音にこだわって表現しました。途中から急に5.1サラウンドになるなど仕掛けを作っていて。例えば、「異物」の際は家の中でも周りが工事をしている音が入っているんですが、「消滅」では工事が終わっていて。その中で、カオルの心情とうまくリンクするように仕掛けて表現しました。

コロナが起こることによって『異物』だけでは駄目だという思いを強く持ちました(宇賀那)

──拝見していて、理想と現実というキーワードが浮かんだのですが、その中で愛や友情では安易に帰結しないというのは印象的でした。

宇賀那 分かりやすい帰結はないんですが、本作は最終的にはロマンス映画だと思っています。監督という異物からのカオルを筆頭とする登場人物への恋愛映画といいますか。

──「増殖」では、社会と異物という部分で規模感がより広くなったように感じました。

宇賀那 「異物」を撮った時はコロナ前だったのですが、撮影後にコロナが起こり、「適応」が緊急事態宣言明け、「増殖」「消滅」がその後に撮っているのです。コロナが起こることによって『異物』だけでは駄目だという思いを強く持ち、広い世界に向かっていく物語を追加しました。「異物」は小さい一室だけの物語で、「適応」がカフェとその外だけの物語。「増殖」は広い世界に一回行って、再び『消滅』で小さいけど少し成長した世界に帰っていく構成にしました。

──本作を観る方に、メッセージをお願いします。

小出 コロナの状況も落ち着かず、毎日を同じように生きている辛さというか大変なこともあるけども、ちょっと勇気を出せば何か変わるかもしれないと思いつつ。そうやって、鬱憤を蓄積されている人はたくさんいると思うのです。本作でその背中をポンっと押す作品になっている気がします。観ていただいた方が、難しいことを考えずに単純に楽しんでいただいて「明日も頑張ろう!」という風に思っていただけたらすごく嬉しいです。

宇賀那 観たことがない映画とまで言えるかわかりませんが、少なくとも自分なりに色んなことを突き破るような作品になっていると思います。配信で映画が観られる時代になりましたが、劇場の方もすごく感染対策をしっかりしていますし、僕もキャスト、スタッフも映画館で観ていただけるために作っているので、ぜひ劇場でこの珍味を味わっていただけたらうれしいです。

(文・写真 シネモーション編集部)
◯Profile

監督・脚本 : 宇賀那健一
1984 年 4 月 20 日、東京都出身。青山学院経営学部経営学科卒業。
ブレス・チャベス所属の映画監督/脚本家/俳優。初監督した『発狂』がアメリカを中心とした数々の海外映画祭に入選。続く3作品がいずれもカンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナーにて上映され、第21回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭では宇賀那健一監督特集上映が行われた。
近年ではガングロギャルムービー『黒い暴動♡』が2016年に、娯楽が禁止された世界を描いた『サラバ静寂』が2018年、30歳を超えた童貞が魔法使いになるラブコメファンタジー『魔法少年☆ワイルドバージン』が2019年、NYLON JAPAN15周年記念映画『転がるビー玉』が2020年に公開した。
『魔法少年☆ワイルドバージン』は世界三大ファンタスティック映画祭の一つである第38回ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭に入選した。
小出薫 (カオル役)
1985年10月8日生まれ、埼玉県出身。大学在学中に女優デビュー。
以降、映画、ドラマ、CM、モデル、舞台など幅広く活動。
主な出演作品は『サラリーマンNEO劇場版(笑)』、『神様のカルテ2』など。
2017年日本映画テレビプロデューサー協会主催のアクターズセミナー賞選定オーディションにて「アクターズセミナー賞」を受賞。

 

『異物-完全版-』

渋谷ユーロスペース他 全国公開中

エグゼクティブプロデューサー:中原 隆(サウスキャット)
撮影・編集:小美野昌史
照明:加藤大輝、本間光平
録音・整音・効果:紫藤佑弥
音楽:小野川浩幸
ポスタースチール : James Ozawa
助監督:平波亘、伊藤祥、猫目はち、工藤渉
スタイリスト:松田稜平、小笠原吉恵
ヘアメイク:中村まみ、寺沢ルミ、くつみ綾音
特殊造詣:千葉美生、遠藤斗貴彦
VFX:若松みゆき
アソシエイトプロデューサー:佐藤 一
©2021『異物-完全版-』製作委員会
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